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多摩サービス補助施設が一部返還されました
多摩サービス補助施設の一部返還について
  多摩サービス補助施設は、市街地に隣接する都内の貴重な緑地です。東京都は、この施設が直ちに返還されるよう、国に対し強く働きかけています。
  平成10年2月に、施設の北側を通る「川崎街道」の拡幅のため、敷地の一部の返還について日米合同委員会で承認され、平成12年12月に承認どおり約23,000uの土地が日本側に返還されました。
【多摩サービス補助施設の概要】(平成13年1月1日現在)
  所在地 多摩市・稲城市
面  積 1,957,184 u   (返還後の面積)
用  途 ゴルフ場、レクリエーション施設等
管理部隊 米空軍第374空輸航空団
沿  革   多摩サービス補助施設は、昭和13年旧陸軍造兵廠火工廠板橋製造所多摩分工場として開所され、21年に米軍が接収し、弾薬庫として長く使用されていたことから、「多摩弾薬庫」の名で呼ばれていました。
  昭和42年以降、米軍は弾薬の製造を中止し、昭島住宅地区(44年返還)のゴルフ場を移設するなど、レクリエーション施設としての整備が進められました。昭和52年には、「多摩サービス補助施設」として名前を変更し、今日に至っています。
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